ロシアの異端
スコプツィはロシアで生まれたキリスト教の異端で、肉欲を断つために信者を去勢していた。農民を起源にもち、都市の商人や下級貴族など多くの信者を集めた。
かつてロシアに、スコプツィ(скопцы、去勢派)というキリスト教の異端が勢力を広げたことがあった1。
スコプツィの最大の特徴は、キリスト教のいう純潔の要請を物理的な去勢――男性であれば生殖器の切除、女性であれば胸や陰唇を切り取ること――によって実現しようとするところにある。人にとって純潔を守るのが難しいならば、外科的にそれを達成してしまえばいいという奇矯かつ決定的な発想。キリストの教えと血生臭い去勢の取り合わせは一種異様だが、それだけにかえって惹きつけられるものを感じはしないだろうか。以下、彼らについて紹介していきたい。
この派の開祖はセリヴァノフ(Селиванов)という男だ。逃亡農奴だった彼は、はじめフルイスト派(хлысты)2というこれまたキリスト教の異端に属し、やがて自らのセクトとしてスコプツィを独立させた。18世紀も終わりのことであった。
さて、去勢が教義の中核を占めることはすでに述べたが、ここからは具体的な去勢の様子について見ていこう。スコプツィにおける去勢は2種類あり、それぞれ、小封印・大封印と称される。封印(seal, печат)という言葉のかわりに、漂白(whitening)、浄化(purification)といったことばがもちいられることもあったようだ。
男性の場合、小封印とは睾丸の去勢のことだ。最初は「火による洗礼」として熱した鉄がもちいられたがこれは苦痛があまりに大きいため、後にはナイフやカミソリによって睾丸を切除したのち、血止めとして灼熱した鉄を用いるようになったという3。それ以外の方法としては、捻転去勢法もあったという4。動物の去勢でも用いられるような、陰嚢5をねじることで精索をねじ切る去勢法だ。睾丸は脱落して陰嚢のなかで萎縮するらしい。
女性の場合は、乳首を切除する(小封印)、あるいは乳房を切除する(大封印)、また胸に切り傷をつけるなどの例が知られている。子宮や卵巣を切除することは技術的に不可能であったから、男性とはちがい、これらは象徴的な去勢にとどまるものであったと言えよう。